伊藤病院内容の要約

従来から学校を卒業しても正社員の仕事につかない若者がかなりいたが、近年は不況のために、正社員の仕事につけない若者が増えている。
彼らはこれからの長い職業人生をどのように送るのであろうか。
狭い意味での職業能力だけでなく、職業倫理や職業意識をしっかりと身につけることができるのであろうか。
仕事はおもしろいのが一番だが、雇用労働である以上、いろいろな制約や単調な仕事、キャリアの展望のない仕事は多い。
しかし、たとえあまりキャリアの展望のない場合であっても、職業倫理や職業意識をもって仕事に従事することは、人格形成にとって決定的な意味をもつ。
職業能力は何も知識や手先の器用さだけではない。
職業人としての責任感や誇り、耐久力などは、仕事につくことによってはじめて体得できるものである。
学校卒業後、職業経験もなく数年間にわたって失業した場合、本格的なキャリア形成はきわめてむつかしい。
西ヨーロッパ諸国がこの間経験してきた若年者失業の問題は、単なる生活問題ではない。
最初から生活保護や失業扶助に頼り、職業倫理や職業意識をしっかりと身につけなかった若者が果たして、いつの時点でこうした能力を身につけることができるのであろうか。
それは教育訓練施設での教育だけでは可能ではない。
人材の陶冶は実に職業生活を通じておこなわれる。
職業生活による能力開発は学校教育による能力開発と異なる。
後者は、教育内容の一般性、包括性においてすぐれているが、それだけに学生にとってはその有用性は明らかではない。
生活の必要、切突きにおいても劣る。
それに対して、前者は教育訓練内容の有用性や具体性がはるかに高い。
そのため、学習意欲も高い。
仕事に直接必要な知識や技能は身につけなければ自分の職業人生にじかにひびく。
その効率はきわめて高い。
こうした経験を若者から奪うことは、日本経済を支えてきた人的資源の枯渇をもたらしかねない。
中高年とくに五〇代以上の失業問題は主として経済問題であるが、若年者失業はそれにとどまらない人間形成上の重要性をもっている。
さらにいえば、若年者失業が急増すれば将来的に日本の最大の資産である人的資源の枯渇にもつながりかねないのである。
職業能力の陳腐化への対応中高年者にとっての深刻な悩みは職業能力の陳腐化である。
せっかく今まで築き上げてきたキャリアが無効となってしまうような変動が企業社会では常に起こっている。
その結果、無用で賃金だけ高い存在として中高年がダウンサイジングや企業体力強化の犠牲になってしまう。
うかうかしてはいられないという気になる。
しかし、あわてても仕方がない。
職業経験豊かな中高年の職業能力開発は、おのずと若年者と異なる。
中高年の能力開発には大きな利点がある。
多くの中高年にとっては、今までの企業で自己の職業的キャリアをまっとうすることが最も望ましいというのが私の主張である。
この問題を考えるときには、職業能力=技能の性格に注目することが有益だと思う。
職業能力=技能を三つに分けて考えるのである。
企業専用技能、業界専用技能、職種専用技能である。
それぞれ、その企業、その業界、その職種でのみ有用な職業能力である。
従来、ともすれば企業専用技能(企業特殊熟練)に注目が集中してきたが、この職業能力の占める割合はそれほど多いとほ思えない。
業界専用技能や職種専用技能のほうが重要である。
こうした技能は企業に勤あて仕事をすることで身につくことが多い。
企業での仕事経験を通じて身につけたからといって、それが企業専用技能であるとはいえない。
それはごく一部なのである。
技能を身につける場と技能の種類を混同してはいけない。
なるほど企業専用技能はその企業での仕事経験でしか身につかないだろう。
しかし、それは業界専用技能も同様である。
それは同一企業の場合もあれば、業界の複数の企業にまたがることもあるかもしれない。
職種専用技能もOff-1Tだけで身につくわけではない。
OIf-1Tは職種の基礎的技能あるいは前提となる基本技能の習得と仕事経験で身につけた技能の見直しや補完として有効であるが、日常の職業経験にまさる技能形成の場はない。
この区分を混同している、ないしはその区分に無自覚な人が少なくないので注意を喚起しておく。
こういう区分を明確にしたうえで、企業専用技能、業界専用技能、職種専用技能という三種類の技能をいかに活用するかという観点から、職業能力の陳腐化について、考えていくことにしよう。
中高年にとって深刻な事態は今まで働いてきた企業を離職せざるをえないときである。
再就職は企業専用技能の放棄を意味する。
また、職場の人間関係の切断も一般には楽しいものではない。
職業生活からの引退まで、同じ職場で働きつづけることは一般に効率的である。
とはいえ、労働需要の急変はそうした事態を許さない場合が少なくない。
今まで働いてきた企業を退職せざるをえないとしたら、新たな能力開発が必要となる。
また、長期安定雇用が借頬を失うとなれば、個人は自己のキャリアを転社に対応できるように組み立てていく必要に迫られる。
では、中高年にとって、どのような能力開発が必要なのであろうか。
中高年、とくに高年齢者は引退までの期間が短く、新たな能力開発の価値は企業にとっても個人にとっても低い。
したがって、中高年能力開発は雇用確保のためにやむをえない場合のしくみとしてみられがちである。
しかし、中高年は業界知識や職種の技能をすでに身につけていることを忘れてはならない。
彼らに対しては、活用できる技能を前提とした能力開発をおこなうことができる。
まったく技能をもたない若者はその蓄えがない。
この意味では、中高年の能力開発の効率性は実は若年者より高い場合が少なくない。
今まで働いてきた企業が傾いたとしても、一般には企業専用技能の比率は言われるほど決定的ではないだろう。
むしろ重要なのは業界専用技能と職種専用技能である。
業界として好況であれば、ある一社が傾いても転社は困難ではない。
それに比べて、業界専用技能や職種専用技能が陳腐化してしまうと、事態は深刻となる。
ある業界が構造不況業種となった場合、企業専用技能と業界専用技能が同時に陳腐化してしまう。
こうした中高年には、職種専用技能の活用が有効である。
豊富な職業経験のなかで身につけてきた能力をいかに活用して、新しい業界に参入するかが問われる。
そのためにも、今までに身につけてきた職種専用技能を明確化する必要がある。
たとえば、営業職の場合、ルートセールスと飛び込み営業とでは必要とされる技能がかなり異なる。
また、扱う商品について、深い知識が求められる営業とそうではない営業がある。
後者の場合には、転社は比較的容易であって、実際移動は少なくない。
一般に業界を移らなければならないとき業界知識そのものは不要となるが、業界知識の獲得方法は役に立つ。
もちろん、かつての知識に固執するとかえってそれが邪魔になるケースもあるだろうが、業界が違えば違う仕事の仕方があるということさえ肝に銘じておけばよい。
それは技能というよりも心構えの問題である。
それさえできていれば、新たな仕事を相対化でき、技能習得には決して不利にはならないはずだ。
もちろん、個人的な努力には限界がある。
公的職業教育施策がとくに重要となる。

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